レビューになりきれない映画評。でも、独自路線でまったりと語ります。  
 
 
 
 

「愛」を描いた作品【ブロークバック・マウンテン】

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディションブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
(2006/09/22)
ヒース・レジャージェイク・ギレンホール

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(Intro.)
 「グリーン・デスティニー」「ハルク」のアン・リー監督がワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに綴る、2人のカウボーイの 20年にわたる秘められた禁断の愛の物語。原作はアニー・プルーの同名短編。主演は「ブラザーズ・グリム」のヒース・レジャーと「デイ・アフター・トゥモロー」のジェイク・ギレンホール。男同士の純愛というセンシティブなテーマにもかかわらず2005年度の映画賞レースを席巻した感動作。
  1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニスとジャック。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが…。(allcinema)


特に偏見やらなにやらはありませんが、その前に、ヘテロの恋愛映画だって観ないわたしが、なんでまた「男性同士の純愛」映画をみちゃったのだか…。

いきさつはともかく、観終わったあとは「いい映画だったな」と素直に感じました。これはある意味で家族の物語、そして、やっぱり"純愛"物語なんでしょう。そして、ある意味アメリカらしい題材です。色目で見られがちなテーマを、いやらしくなく意外とさっぱりと描いているのは、さすがにアン・リー監督と言いましょうか。

アメリカのゲイ文学だとかレズビアン文学というのは奥が深くて、たとえば私がここで取り上げた映画でも例えば『めぐり合う時間たち』の原作、The hours も、そういった作品です。ゲイとかレズビアンの文芸世界というと、日本はちょっと違った世界がわ〜っと広がっているようなので、文学性自体について評価が得られにくい背景があるかもしれません(ぼやかして書いていてごめんなさい。)が、人間の本質にググっとせまっていくものとしては、非常に成功している手法だと私は思います。

批判を覚悟で書きますが、それはゲイやレズビアンの世界が「あるべきものから外れた姿」だからに他なりません。人は"他"と自分と差異化することでて己を確認する生き物です。ですから、差異化する対象は「己と近いもの」よりも「より遠いもの」のほうが分かりやすい。ようするに恋愛の本質を描くのには、ヘテロのよりもホモのほうがその意味がある種の人にとっては分かりやすい、ということです。「愛」を描いた、監督自身が語っているように、その意図も見事に成功しています。主要な舞台である「ブロークバック・マウンテン」という山が、下界と隔離された「聖地」のように描かれているのも効果的で、この対比が、「この人たちって要するに"バイ" なんでしょ? だったら何をそんなに苦悩するの?」というある意味シンプルな反応を跳ね除けてしまうのです。

これは「生」を描くために「死」を際立たせる、というのと同じで、ある意味文学ではありがちな手法です。そのありがちな手法を、映画に見事昇華させた本作は、なかなかの佳作と思われます。また、低予算だからこそ作り得た作品とも言える。こういう作品にお金をかけると、ゲテモノが出来上がってしまうことでしょう。

アメリカの大自然も大変美しく、ギターのシンプルな旋律も効果的、堪能できる作品です。ただし、若干長い。ところどころ意図のわからないシーンが入っていました。私の読解力が足らないのかもしれませんが。
Genre : 映画  Theme : DVDで見た映画
 
 
 
 

そこから、歌声が生まれる、【フランシスコの2人の息子】

フランシスコの2人の息子フランシスコの2人の息子
(2007/10/05)
アンジェロ・アントーニオ.ジラ・パエス.マルシオ・キエリンギ.チアゴ・メンドンサ.パロマ・ドアルテ.ダブリオ・モレイラ.マルコス・エンヒケ.ヴァゴル・リマ.ジョゼー・ドゥモン

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<intro.>

ブラジルの国民的人気デュオ、ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノの半生をモデルに、田舎町の少年から有名ミュージシャンとなった兄弟とその家族の姿を描いた感動作。本国ブラジルで興行成績の新記録を樹立する大ヒットを記録したほか、アカデミー賞外国語映画賞のブラジル代表作品に選出された。主人公の兄弟にふんした子役二人のみずみずしくエネルギッシュな歌声と、ブラジルの風景をとらえた美しい映像、さらには真実を基にした感動の展開が見どころ。(シネマトゥデイ)



人生に歌と踊りの足りていない方に、ぜひお勧めしたい作品です!!
ブラジリアン・フォークなのですが、不思議と体が動き出す感じ。音楽に溢れた世界、ってやっぱり素敵です。
Genre : 映画  Theme : DVDで見た映画
 
 
 
 

ウッディ・アレンの『タロットカード殺人事件』

タロットカード殺人事件タロットカード殺人事件
(2008/03/19)
スカーレット・ヨハンソンヒュー・ジャックマン

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タロットカード殺人事件(2006)


intro.
ロンドンを舞台に、アガサ・クリスティへのオマージュたっぷりの事件が展開するコミカルなミステリー。切り裂きジャックの再来と言われる連続殺人鬼に、ジャーナリスト志望の女学生が挑む。監督は『マッチポイント』のウディ・アレン。主演はアレン監督作品のヒロインを務めるのは2度目となるスカーレット・ヨハンソンと、ヨハンソンとは2度目の共演となるヒュー・ジャックマン。アレン作品ならではのウィットとペーソスにあふれた作品に仕上がっている。(シネマトゥデイ)


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さすがにウディ・アレン、たいへんおもしろい作品に仕上がっています。
ウディ・アレント言えば、台詞の多い独特のウィットの作品を作る監督であり、俳優さん。個人的な嗜好で言えば、「すごいと思うけれど、ちょっと趣味に合わない」と20代の頃は感じておりました。最後に観たのが、「ギター弾きの恋」(1999)。ですから、ほぼ10年ぶりのアレン監督・主演作品を観て、「ああ、これが映画なんだ」と素直に感じ入りました。少し成長したのかもしれません。

さて、本作「タロットカード殺人事件」、設定も大変面白く、一気にお話に入り込めます。シネマトゥディによれば、「アガサ・クリスティへのオマージュ」とありますが、私には感じることができなかった。クリスティは原作もほとんど読んでいますし、映像作品のデビッド・スーシェ版名探偵ポワロは、大好きな作品で繰り返し見ているのですが…。もちろん、クリススティを意識していないわけはないと思いますが(タイトルもそうですし、決着のつけ方などはまさしくクリスティなのですが…)、オマージュとは言うには、決定的に何かが違う、と感じるのでした。

一つには、本作は一見ミステリー映画風のタイトルをとりながら、中身についてはミステリーに重点が置かれていない、ということなのでしょう。クリスティ自身、ミステリーの女王と呼ばれながら、内実は「推理」に付随する「人の心理」に関心を寄せていますから、似ていると言えば似ているのかもしれませんが、それでも本質が「推理もの」であるクリスティ作品と、「タロットカード殺人事件」は似て非なるもの、という気持ちです。

もちろん、だからと言って作品の評価がどうこうということにはなりません。
むしろ、A.クリスティに親しんでいるので、この作品が素直に面白いと思うことができるのかもしれない、などと感じます。免疫のない方には、実に荒唐無稽で意味の分からない作品に見えるかもしれない、と。

主演のスカーレット・ヨハンソンは、先日レビューを書いた『真珠の首飾りの少女』にも出演しています。本作での奔放な女性のほうが、ヨハンソンの本質に近いのでしょうね。ウディ・アレンとかけあいの会話をやって動じない女優というだけで、十分評価されるでしょう。

最近、映画の字幕離れが進んで、吹き替えに移行しているのだとか。
(文字より音のほうが情報量が多いと言いますが、そんななのは嘘っぱちで、単に文字が読めなくなっているだけだと思いますが。)

本作は吹き替えでは全く面白さが分からないと思います。
とにかく台詞が早いので正確には聞き取れないのですが、それでも聴きにくい英語ではありません。アレン演じるマジシャンの独特の吃音だとか洒落た表現、ヨハンソンの「私は頭がよくまわるのよ!」と言わんがかりのシャキシャキした言語を、ぜひ音で聞いて頂きたいと思います。何より、ヨハンソンとアレンの会話は、独特の間合いとリズムで構成されていて、「これが芝居というものだ」と素直に感心することができます。吹き替えでは、おそらく雰囲気が半減でしょう。

そうそう、初めてウディ・アレン監督の作品をご覧になる方は、彼の信条やら出自背景などを少し予習しておかれたほうが良いかもしれません。どこまでが本気か分からない自虐傾向を、空恐ろしく感じるのも、また一興です。
Genre : 映画  Theme : DVDで見た映画
 
 
 
 

一つの魂の救済の物語【ツォツィ】

こりゃまたすごい映画だ。

ツォツィ プレミアム・エディション(2枚組)ツォツィ プレミアム・エディション(2枚組)
(2007/10/19)
プレスリー・チュエニヤハエ.テリー・ベート

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(イントロ)
南アフリカ、ヨハネスブルクのスラム街に暮らすツォツィ(プレスリー・チュウェンヤガエー)は、仲間とつるんで窃盗やカージャックを繰り返していた。ある日、高級住宅街にやってきた彼は車を運転していた女性を撃って逃走。やがて、強奪した車の後部座席に生後間もない赤ん坊がいることに気づいたツォツィは、赤ん坊を紙袋に入れて自分の部屋に連れ帰るが……。(シネマトゥデイ)


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数々のシーンの問題で、世界各地でレイティング対象となってしまっています。日本ではR15。製作者の本意ではないとは思いますが、これは仕方ない。日本人の精神的な幼稚さを考えれば、なおさらです。とても、残念なことですが。

「ツォツイ」とは”チンピラ””不良”というような意味だそうです。
彼の本当の名前はデイビッド。通り名がツォツィ。ヨハネス・ブルグのスラムで暮らす彼の心は、ひどく荒んでいる。作品冒頭で見せる、どこまでも暗い目をした若者の姿が印象的です。

南アフリカ、ヨハネスブルグという街の成り立ちに思いを馳せ、あるいは、さらりと描かれた彼の生い立ちに心を沿わせてみれば、なぜ赤ん坊に執着したのかが、痛いほど伝わってくる。

人とのかかわり方を知らず、誰かにお願いするにも銃を突き付けるしか術がなく、感謝の気持ちや謝罪を表すにも盗んだ車を売って得た金を渡すしかない。実に不器用です。それが、彼が育ってきた環境が、彼に与えたもののすべて。切ないですね。劇中人物ですが、「君の人生はここからじゃないか!」 と声をかけてあげたくなります。

何かを、あるいは誰かを「大切に思う心」が芽生えたとき、自然に目つきが優しくなる。この素晴らしい演技の主演のプレスリー・チュウェンヤガエーに拍手を! 彼の個性なくしては、この作品は成立しなかったことでしょう。

お話としては非常に王道ですが、アフリカという土地柄か、深みのあるもになっています。これを「ありがちな話」と観る方がいたら、とても残念です。スラムの若者たちもさることながら、ヨハネス・ブルグの高級住宅街に住む黒人、白人警官の態度、鉱山で足を失った障害者、若くして夫をなくしたスラムのシングルマザー、それぞれの登場人物を実に細やかに描くことを通して、ヨハネスブルグという街も描いている。なかなかの力作です。

忘れてはいけない赤ちゃんの存在!
おむつの代わりに新聞を巻きつけたり、紙袋にいれられたまま持ち歩かれたり、ツォツイのあまりにも不器用な扱いに、オイオイと突っ込みをいれつつも、めげない(?)赤ちゃんに感心しました。立派に助演男優賞(男の子だっけ?)を差し上げたい。



余談ですが、安直な気持ちで海外の危険地帯に旅行に行く人は、こういう映画を観ておいたほうがいいのかもしれません。アフリカの都市には大抵スラムが付随しています。私の個人的な経験に照らしても、この映画は決して誇張ではない。知ったかぶりでスラムに近づいてはいけません。彼らにとっては乱入者でしかないのだから。
Genre : 映画  Theme : DVDで見た映画
 
 
 
 

心優しき人々の住まう楽園は今…【セブン・イヤーズ・イン・チベット】

どうして普通に「チベットの7年間」というタイトルにしなったのか、不思議だ。

ともかく、良作です。

セブン・イヤーズ・イン・チベット〈ニューマスター版〉セブン・イヤーズ・イン・チベット〈ニューマスター版〉
(2005/11/25)
ブラッド・ピットデヴィッド・シューリス

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Introduction

1939年、秋。ハラーは世界最高峰の制覇を目指して、ヒマラヤ山脈へと向かった。ところが、第二次世界大戦の勃発により、運命は思わぬ方向へ。インドでイギリス軍の捕虜となった彼は、登山家仲間とともに脱走。ヒマラヤ山脈を越える決死の逃避行の末、チベットの聖地にたどりつくが、そのチベットも歴史の大きなうねりに飲み込まれてしまう。激動のチベットに滞在した7年の歳月、少年ダライ・ラマとの魂の交流を通して、ハラーは自らを再発見し故国に残した家族への愛に目覚めていく・・・。

公式サイトより。


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高慢でハナモチならないハラーを、ブラッド・ピットが好演しています。「地上の楽園」チベットでの生活を通して、あるいはダライ・ラマとの交流を通して、ハラーの西洋的な「自我」が変化していく様が、細やかに描かれている。即位式の際には、自然なふるまいで五体投地をする彼を見ると、本当に仏陀の教えに触れたかのように思われます。この作品の代償に、彼は中国への入国を禁じられていますが、あんな国に行く必要もないでしょうし、この作品自体の価値のが高いはず。

少年ダライ・ラマの純粋な好奇心の輝きのも、心打たれます。やんごとなき身でありながら、それに頓着しない少年の純粋さに、平穏な時代に生きられたらよかったのに、と思わずにおれません。いまだ祖国に戻ることもできない険しい彼の人生の道のりを思うと、本当にこのままではいけない、と思うのです。

本編のほとんどはアルゼンチンで撮影されたということですが、映像的にも非常に美しい作品です。ヨーヨー・マの奏でるチェロも素晴らしく、「ストーリー」「配役」「映像」「音楽」のバランスに優れた佳作です。政治的な意図を排除して考えても、一度は観る価値のある映画でしょう。

私は本当は「実話をもとにした映画」というのは(というか、そういう表現が)好きではありません。
例えば「私小説」が文学の表現形式として定着し、描かれた「個人の経験」を実話とは言わないように、実体験を綴ったものであっても「実話」云々はすでに問題ではない。すべての映画は、フィクションであることには間違いないわけで、ノン・フィクションではありえない。ですから、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』も、本来なら「チベットの真実を知る」なんて力をこめて観るのではなく、純粋に映画として鑑賞すればいいし、そうできる作品です。チベット問題が現在進行中ではなく、すでに「歴史の一部」となっているのであれば、この映画はもっと評価されるであろうのに、と残念です。

一方で、この映画を通して一人でも多くの方が、チベットの人々について考えることができれば、よいとも思う。北京五輪のスローガンは「一つ世界、一つの夢」。彼らが言う「一つ」は一方ではチベット人という独自の文化を持った人々を力でねじふせて国家に組み込むことです。そして、彼らが言う「世界」にはチベット人はたぶん含まれていない。大国はいつの時代にも自分たちの論理を持っていて、それが世界の歴史をつくりあげてきた。日本も例外ではありません。それでも、中国の虚栄に満ち満ちた五輪を楽しむことはできない。

遠い将来、「歴史」が正しく中国を評価するようになることを、願います。
Genre : 映画  Theme : DVDで見た映画
 
 
 
プロフィール
 

Author:わさきち
にゃんこの舟盛りの映画・アニメレビューを独立させてみました。ほぼ連動してますが、こちらのが若干マニアックでクドイ(苦笑)かも・・・。

ネタばれは書きません。
何事もポジティブにとらえたい性質なので、批評は前向きです。
貶すところしかないようは作品は取り上げません。

こんなスタンスです。




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